Φリリナとナツのゆる数学Φ

ほんとうに、そうなのかな。ゆっくりと、たしかめて。

・oO〇 第4話 〇Oo・  台風と等比数列

\displaystyle

窓を不規則なリズムで大量の雨粒が叩きつけている。
今年一番強い台風が来ているという。

今日は夏期講習に行くはずだったけど、台風で休みになった。

昼食後、リビングで妹のナツと二人。
昔は台風がくるとナツが怯えていたのを思い出す。

ナツがあんまり怖がるから、私は平気という顔をしてみせていたけど、私にも怖いという気持ちはあった。

あれは、ナツが保育園に通っていたころだったから、もうずいぶん前だ。
今のナツはどうしてるかと思えば……。

ナツは自分のノートPCでまた自作のゲームを作っている。
台風のことなど意識にないようだ。
まあ、高校生にもなって台風怖いはないだろうが。

なぜ、小さい頃は台風があんなに怖かったのだろう。
台風の正体を知らなかったから、だろうか。

今は、台風は巨大な低気圧であることを知っている。
テレビで、その進路が数日先まで予測されていることも知っている。
大雨警報は出ていても、避難勧告がでているわけではなく、家の中にいれば安全であることを経験で知っている。

でも、本当に「知っている」といえるだろうか。
たとえば、台風の進路。現代の科学技術をもってしても、それほど正確に予測できない。

昔よりは正確になっていると思うけど。
どのくらい正確になったのかな?

ちょうどいいところにナツがいる。
使わない手はない。

「ねえ、ナツ、ちょっと調べてみてほしいことがあるんだけど」
「ほよ?何かな?」

私は台風の進路の予想がどのくらい正確になったのかを調べてほしいことを伝える。
ナツはこういうとき、絶対にイヤな顔はしない。カワイイやつめ。

「うーん、これなんかどうかな?気象庁のデータだって」
『台風進路予報(中心位置の予報)の年平均誤差の推移』*1
f:id:mouse-ex:20180825165214p:plain

二人でノートPCのディスプレイをのぞき込む。
まず気が付いたのは、2008年までは3日先までしか予報していなかったということ。

4日先・5日先の予報を出すようになったのは2009年以後。
思ったよりも最近のことだ。

次に気が付いたのは、4日先、5日先の予報の誤差が大きいこと。
予報をはじめた最初の年、2009年の、5日後の予報の誤差は528kmもある。

東京と大阪の距離くらいかな?

それから、一番気になっていた予報の精度は……。

「だんだん誤差が小さくなっているみたいだね」
ナツがつぶやく。

やはり、コンピュータの性能があがったり、予測するアルゴリズムが改良されたりした結果、予報の精度があがったのだろう。
増えたり減ったりはしているものの、グラフは右肩下がりになっている。

つまり、予報の精度は徐々によくなっているということ。
5日後の予報の誤差は少しずつ小さくなって、2017年の誤差は420kmまで上がっている。

528kmから420kmか。約2割精度がよくなっている。
1日後の予報の方はもっとわかりやすく精度があがっているね。

「そうね。5日後の予報はまだまだ誤差大きいけど、1日後の予報の誤差は昔よりだいぶ小さくなっているね。これって等比数列で近似できそう」
私の言葉を聞いてナツが振り返る。

「ん?等比数列ってこの前習ったところだね。たしか、前の項に同じ比をかけ続けて次の項をつくっていくことができる数列のことだっけ」
あれ、不安そうな顔をしている。

ナツのために等比数列の説明をする。
「それでいいよ。最初の項を『初項』といって、かけ続ける比のことは『公比』というよ」

初項をa、公比をrとすると、等比数列\{A_n\}の一般項は
A_n=ar^n
であらわすことができる。

たとえば
初項1、公比2の等比数列
1,2,4,8,16,\cdots
となり、

初項1、公比\frac{1}{2}等比数列
1,\frac{1}{2},\frac{1}{4},\frac{1}{8},\frac{1}{16},\cdots
となる。

念のために「等差数列」の方も復習しておこうかな。

等差数列は前の項に同じ数を足し続けてつくる数列で、足し続ける数のことを「公差」という。

初項をa、公差をdとすると、等差数列\{B_n\}の一般項は
B_n=a+(n-1)d
であらわすことができる

たとえば、初項1、公差2の等差数列は
1,3,5,7,9,\cdots
となり、

初項1、公差-2の等差数列は
1,-1,-3,-5,-7,\cdots
となる。

「んー。OKOK。カンペキに思い出したよ。それでね、さっきリリ姉ぇが『等比数列で近似できそう』って言ってたよね?あれ、等差数列の間違いじゃなくて本当に等比数列って言ったの?このグラフはまっすぐ下がっているみたいにみえるけど?」

ナツの言葉の意味を考える。
「あー、……。等差数列をグラフにすると直線になって、等比数列をグラフにすると曲線になるから、てこと?」
「そーそー」
「うん、確かに曲線ぽくみえないけど、これ直線にしちゃったら、あと20年くらいで誤差ゼロになっちゃうよ」

「あっそっか!」
ナツが自分の頭をグーにした右手でコツンとたたいてみせる。

「誤差がゼロになったら、台風の進路をカンペキに予想できるってことになっちゃうね。それに、そのあとは誤差がマイナスになっちゃう。マイナスの誤差ってなんだろうね、あはは」
本当に楽しそうに笑ってこっちを見る。

「なんとなく、等比数列のグラフって、どんどん上に上がっていくイメージだったから」
「確かに、公比が1より大きい等比数列はどんどん増えて無限に発散するけど、公比が0より大きくて1より小さい等比数列は0に収束するから、グラフはだんだん水平に近づいていくはずだよ」

ナツはなにやら考えている。
「んーリリ姉ぇのいうことなんとなくわかるけど……ちょっと確かめさせて?」

そういうと表計算ソフトでなにやら作業をはじめた。
等比数列と等差数列でグラフを近似しようとしているらしい。

しばらく無言で作業をしていたが、ふりかえってニコっと笑う。
「できたよ」
f:id:mouse-ex:20180825195847p:plain

「1982年を初項、2017年を最終項として、等差数列と等比数列のグラフを作って重ねてみたんだよ」
*2

「たしかに等差数列で近似したら、このままだと2040年あたりで誤差がマイナスに突入しちゃうけどさあ」
ナツが何か言いたげな視線を送ってくる。

「みてよリリ姉ぇ、2017年までなら等差数列の方が実際の値に近いよ。等比数列よりも。等差数列の方が。近いよ!」

同じことを二度言った上に、フフンと鼻息を荒くしている。ムカつくやつめ。

うーむ。
確かに、2017年までのグラフでは、等比数列は実際の値より下の方に描かれているようにみえる。

1年ごとの振れ幅が大きいし、1982年よりも1984年の方が誤差が大きいから、初項を1984年にすればもっと等比数列に近づくような気もするけど……。
ここは年上の余裕で負けを認めることにする。

「確かにね。同じペースで精度があがっていたら等比数列で近似できるはずなんだけどなあ。昔よりも最近のほうが、予報の精度のあがりかたが早いのかもね」

30年後に同じことをやれば、今度こそ等比数列の方に近づくと思うけれど、今はただの「仮説」にすぎない。
証拠のない仮説を主張しても、説得力はないのだから。

ナツは満足した様子でノートPCの画面を切り替えて、またなにやらゲームを作り始めた。
その後頭部をみているうちに、なぜか私は心にひっかかるものを感じていた。

等比数列といえば、前の項に同じ比、すなわち「公比」をかけ続けてつくることができる数列だ。
前の項に公比をかけ続けて作る数列。

この前、シンイチがそういう数列に関係しそうなことをなにか言ってなかったっけ。たしか……。

f:id:mouse-ex:20180915133637j:plain

宿題3
「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる」が本当かどうか確かめてみましょう

「……思い出した!」
思いがけず大きい声が出てしまった。

ナツがきょとんとした顔でこっちをみている。
「ねえナツ、もう一つ調べてみてほしいことがあるんだけど」

「別にいいけど、なにかな?」
ナツはなんでも快く引き受けてくれる。愛いやつめ。

「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできるかどうか」

「はうん?また唐突ですな?」
小首をかしげている。

「フィボナッチの数列ってあの、1,1,2,3,5,8,……って続く数列のこと?」
「そうそう」

黄金比って、美術の授業で先生が教えてくれたやつ?」
「それはちょっとわかんないけど、たぶんそうね」

「ちょっと整理させて」

ナツのために順番に説明する。
フィボナッチの数列って、こんな感じに増えていく数列だよ。


1,1,2,3,5,8,13,\cdots \\
\  \\
1+1=2\\
1+2=3\\
2+3=5\\
3+5=8\\
5+8=13\\
\ \ \ \ \ \vdots\\
F_{n+2}=F_{n+1}+F_{n}


直前の二つの数字の和を最後に付け加えていくことで作られる数列。


それから、黄金比の説明は……。

なんかの雑誌でみたときは、「\phi」(ファイ)の記号を使ってたっけ……

私はノートに黄金比を説明する図を描く。

f:id:mouse-ex:20180707191036p:plain:w300

長方形の辺の比を黄金比にして、こんな感じで正方形を除いて残る小さい長方形が、もとの長方形と同じ形……相似になるヤツ。


まだわかりにくいかな。

そうだ、確かマンガで……黄金比の正方形をつないでらせんを作ってるのがあったはず。

こんな感じで

f:id:mouse-ex:20180707191124g:plain:w300

ナツの目が輝く。
「あ、それ!思い出した、黄金の螺旋」

よしよし。
それから、具体的な数字は、相似比を使えば、ちゃんと計算で求められるはず。

ノートに計算式を書いていく。

小さい長方形の辺の比が

\phi:1


大きい長方形の辺の比が

(\phi+1):\phi

比が同じになるから

\phi\times\phi= 1\times (\phi+1)

つまり

\phi^2= \phi+1

\phixにおきかえて二次方程式x^2=x+1として解くと、解は2つになる。解の片方はプラスでもう片方はマイナス。プラスになる方の解が黄金比\phiだ。

計算すると

\phi = \frac{1+\sqrt{5}}{2}

よしっ

「ふうん?数値計算はPCでやろうか?『=(1+SQRT(5))/2』っと」
ナツがなにやら呪文を唱えると、ディスプレイに数値があらわれる。

1.61803398874989

これが黄金比を数値であらわした場合の数字。


\begin{array}{ccll}
\phi & = & \large{ \frac{1+\sqrt{5}}{2} } \\
 & \fallingdotseq & 1.61803398874\cdots\\
\end{array}

黄金比は約1.618だね。んじゃ、フィボナッチ数にかけて、それから四捨五入した数字を表にしていくよ~」

なにやら作業をはじめる。
関数を使って数列を計算しているようだ。

元の数 ×\phi 四捨五入した数
1 1.618 2
2 3.236 3
3 4.854 5
5 8.090 8
8 12.944 13
13 21.034 21
21 33.979 34
34 55.013 55
55 88.992 89
89 144.005 144
144 232.997 233
233 377.002 377
377 609.999 610
610 987.001 987
987 1597.000 1597
1597 2584.000 2584
2584 4181.000 4181


「できたよ!」
*3

宿題3
「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる」が本当かどうか確かめてみましょう
こたえ
本当。前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる。(厳密にいうと、フィボナッチ数列の第2項目から法則が成り立つ。)
1,2,3,5,8,...


「え?あれ、これなんかすごくない?」
ナツの目がいつになくキラキラしている。
「ほら!リリ姉ぇも気づいた?」
おもちゃを見つけた子犬みたいな顔でのぞき込んでくる。

しっぽがあればブンブン振っていたに違いない。
「いや、だからフィボナッチ数になってるっていうんでしょ?確かにすごいけど……いや……あれ?これは……」

背筋がゾクッとした。
久しぶりに感じたこの感覚。
どうしてこんなことが?

「小数点以下が……途中からゼロになってる……」

「そうだよ!まあ、最後のけたは四捨五入してるから、本当は完全にゼロにはならないんだけどね。これ、掛ける数はルートつきの無理数なのに、だんだん整数に近づいてるんだよ!不思議だよね!?」

ナツは、パチンと両手をあわせて頭をペコリとさげる。
「どうしてこうなるのか、教えてくださいおねえさま!」
声色つかってる……キモいやつめ。

「そんなこと、私にもわからないよ」
私は冷たく突き放す。

「うん、でも……」
何か言いたそうに合わせた手をもみあわせている。

受験生は忙しい。
そんなこと考えている場合じゃないの。

とはいえ、確かに、……


宿題4-1
 フィボナッチ数に黄金比\phiをかけて四捨五入すると、どうして次のフィボナッチ数になるのかな?

(解答は次回)


宿題4-2
 フィボナッチ数が大きくなるにつれて、計算結果がどんどん整数に近づいていくのはどうしてかな?

(解答は次回)

【つづく】

*1:気象庁のデータ https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typ_kensho/typ_hyoka_top.html

*2:excelの場合、「=POWER(最終項の値/初項の値,1/(項の数-1) )」で公比を計算できます

*3:excelの場合、「=ROUND(四捨五入したい数,0)」で四捨五入した数を計算できます