・oO〇 第1話 〇Oo・ 晴れ女、雨女。
やりたくもない受験勉強のために机に向かっていたつもりが、いつのまにか夕方になっていた。
色が変わり始めた空に視線を向ける。
突然、外から、セミの合唱が聞こえてくるのに気付いた。私はなんだかおかしな気持ちになる。
「突然、聞こえてくる、か……」
そんなわけないのに。
セミはずっと鳴いていて、私はそれに気が付いていなかっただけ。
そういえば、セミの大音声を「しずかさや……」と詠んだのは、松尾芭蕉だったっけ。
たしか、奥の細道にのってるゴ・シチ・ゴ。
5も7も素数。5+7+5……17も素数。
ミソヒトモジ……31も素数。
……入試には出ない無駄知識……
「しずかさ」って常識的に考えれば、「音量に反比例するもの」だよね。
こんなにうるさく鳴いているのに「しずかさ」を感じるなんてムジュンしている。
でも、今、私にも、「しずかさ」は感じられる。
さっきまで集中していたから聞こえなかったという意味ではなくて。
耳をつんざくほどに鳴り響くほど、心の中がしずかになっていく感じ。
しずかさにもいろいろあっていいのかな。
世の中のことって、ムジュンしててもいいのかな。
それとも、定義の仕方がおかしいだけで、ムジュンしてると感じてる私の方がおかしいのかな。
ムジュンの定義ってなんだろう。
何が正しくて。何が正しくないのか。
たとえば……。
私はある日の高校の教室での会話を思い出す。
「あたし、晴れ女だから」
クラスメイトの何気ない言葉を聞き逃さなかったのは定期テストでいつも学年一位の男子、シンイチだった。
「晴れ女とか、雨女とか、論理的に考えてありえないよ」
シンイチはいわゆる空気を読めない男子だ。聞かれてもいないのに解説をはじめる。
「たくさんの人に影響する天気がたった一人の人間の存在で左右されるなんて非論理的だよ。
でも、そう考えてしまった理由は心理学用語の『確証バイアス』で説明できる。
たとえば『自分は晴れ女である』という仮説に都合のいい情報だけを重要視し、都合の悪い情報を無意識のうちに無視してしまう。そういう傾向は誰にでもあるからね」
その後もシンイチはカオスがどうとかバタフライ効果がどうだとか言って、それがいかに非科学的な発言なのか指摘し続けた。
こういうのは本人に悪気がないからたちが悪いんだよね。
いうまでもなく、他の女子はドン引きしてたけど、そのとき私はちょっと違うことを考えていた。
「ほんとうに、そうなのかな」
晴れ女が存在することって論理的にありえないことなんだろうか。
たとえば、……入学式や卒業式など重要なイベントが10回あったとする。
その全てのイベントが晴れになる確率は……晴れになる確率をとすれば、……
確率は、 。だったら、1024人に一人は10回連続で晴れるだろう。
10回連続で重要なイベントが晴れになるような人は、「晴れ女」……か、「晴れ男」といってもいいんじゃないのかな。
「10回くらいじゃ少ない」なら20回でもいい。そしたらだいたい百万人に一人だ。
30回ならだいたい10億人に一人。ゼロよりは多いし、地球上の全人類の中には何人かいる計算だ。
このクラスメイトがその10億人に一人じゃないかどうかなんて、あなたにはわからないでしょう。
結局、私はこのとき考えていたことを誰にも言わなかった。空気を読んだわけじゃない。
私にもわからなかったからだ。その子が……晴れ女なのかどうか。
結果的にその時のイベントは晴れだったと思うけど、だからといって何が分かったわけでもない。
「私は、まだなんにも、わかってない」
窓に向かって呟いてみせる。
「女子力が低い」とよく言われる私だって、深窓の令嬢ぽく、静かに物思いにふけるくらいのことはできるのだ。顎に手を当ててそれらしいポーズを工夫していると、
バーン!
突然、私の部屋のドアが開いて、甲高い声が聞こえてくる。
「リリ姉ぇ!」
入ってきたのは2つ下の妹、ナツだ。ボブをゆるくまとめた明るい栗色の髪。部屋着のパジャマみたいなTシャツを着て、愛用のノートPCを小脇に抱えている。
ナツは私のことをリリ姉ぇとよぶ。
せっかくのアンニュイな気分を妨害されたので、少し気分を害した私は目線を細くしてナツにテレパシーを送る。
う~る~さ~い~
ナツは私の表情に気づくと、
「あれ?リリ姉ぇ、寝てたの?目開いてないよ?」
やっぱり通じなかった。わざわざノートPC持ってきたところをみると、どうせまた「新しいゲーム作ったの!」とかいって、自作のゲームのテストプレイでもさせるつもりで来たのだろう。私はプログラムのことはよくわからないけど、ナツはプログラミングが趣味。今回もそうだと思ったんだけど、
「リリ姉ぇって数学得意だよね。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
予想外の言葉。私はとっさにナツから目をそらす。
確かに昔は数学の試験の点数は良かったし、問題を解くのも楽しかった。でも今は……。
「……別に得意じゃないよ」
「またまた~」
本心だったんだけど、ナツは謙遜ととったみたい。勝手に話をすすめていく。
「今月の13日は金曜日だけどさあ。13日が金曜日になる確率ってどのくらいかなって」
私はちょっと考える。あまりにも簡単すぎる問題に思えるんだけど。
「そりゃ、でしょ?曜日は7種類だから」
「……」
上目遣いで見てくる。私は少し狼狽える。
「な、なによ」
「リリ姉ぇ、ほんとうにそうなのかあ?」
「なにが言いたいの?」
私は首を傾げてナツの目を見つめる。ふざけてるわけではないようだ。
「うるう年がなければ、毎年1日ずつ曜日がずれるから、でいいと思うけど。本当のカレンダーには、うるう年があるんだよ。偏るかもしれないジャン」
「ああ、そういう……」
ようやくナツが言いたいことがわかった。
うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのか?
そう言われるとなんだか気になってきた。
ほんとうのところ、どうなんだろう?
宿題1 |
うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのかな? |
(解答は次回)
(ヒント:ではありません)
【つづく】