Φリリナとナツのゆる数学Φ

ほんとうに、そうなのかな。ゆっくりと、たしかめて。

・oO〇 第5話 〇Oo・  五芒星と収束する数列

\displaystyle

次の日。

私は久しぶりに友人のフタバの家に来ていた。
親にはいっしょに勉強するため、と言って出てきたけどフタバといっしょに勉強したことはほとんどない。

フタバの部屋の中。
長めの髪をねじるように束ねているのは、おしゃれというよりは伸びた髪が邪魔だからだろう。

チェックのシャツの袖をまくって、細身のデニムパンツを履いている。動きやすそうな服装がよく似合う。

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いつものように、たわいない話をしたり、フタバの描いた絵をみせてもらったりする。すると、

「この前、エッシャーの展覧会にいってきたんだよー。面白い絵がいっぱいあって面白かった!」

エッシャーといえば、階段を上る人の方向がバラバラだったり、落下した水がいつのまにか元の場所に戻ってグルグル流れ続ける絵とか、不思議な絵をいっぱい描いている人だ。
「いいなあ。私も行きたかった」

「それでね、私もあんな絵描いてみたいと思って、いろいろ描いてみてるの。見たいー?」
こちらを上目遣いで見てくるが、私の返事は決まっている。

「もちろん!見せて」
「最初に描いたのはこんな感じ」

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「わあ、キレイだね」
フタバは得意そうだ。

「うん、なんかこの星型、五芒星っていうんだけど、こんな風にキレイに並べられるのなんでかなと思って調べてみたら、黄金比が関係してるみたいなのー」
「えっ今なんて?」
黄金比だよー」

また出てきた。黄金比。今度はどう関係するんだろう。

「五芒星の辺の長さって、いろんなところに黄金比が出てくるんだよ。こんな感じに」
そういってフタバは私に図を見せる。

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「だからね、辺の長さが黄金比になってる五芒星は、どんどん繋げることができるんだよ。たとえばこんな風に」

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「これもキレイ!……でもこの数字は何?」
「ふっふっふ。リリナならわかると思うよ。考えてみて」

謎をかけられた。
はて。

上の数字は1・2,3,4,5,6,7,8,9と順番に続いている。
下の数字は1,2,3,5,8,13,21,34

……。
あっこれは!私は目を見開く。声が大きくなる。

「もしかして、フィボナッチの数列?」

世界の秘密が垣間見えたような、そんな興奮が体の内からこみあげてくる。

上の数字との対応は、そうか。フィボナッチ数列の番号を表しているんだ。


F_{1}=F_{2}=1 \\
F_{3}=2 \\
F_{4}=3 \\
F_{5}=5 \\
F_{6}=8 \\
F_{7}=13 \\
F_{8}=21 \\
F_{9}=34 \\
\vdots \\

「せいかーい!リリナならわかると思ったよー」
「どうしてフィボナッチの数列がでてくるんだろう」

フタバはちょっと首をひねる。
「あたしもはっきりとはわからないけど、気が付いたことがあるんだー。こっちの図を見てみて」

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「意味わかるかな?たとえば、『7』の星の辺の長さと、『8』の星の辺の長さをたすと、ちょうど『9』の星の辺の長さになるの。」
図をじっくりと眺める。

……。

なるほど、確かにそうだ。
同じように、

『6』の星の辺の長さ + 『7』の星の辺の長さ = 『8』の星の辺の長さ
『5』の星の辺の長さ + 『6』の星の辺の長さ = 『7』の星の辺の長さ
『4』の星の辺の長さ + 『5』の星の辺の長さ = 『6』の星の辺の長さ
『3』の星の辺の長さ + 『4』の星の辺の長さ = 『5』の星の辺の長さ

も成り立っている。
なぜそうなるのかは、隣の式が説明してくれている。黄金比の性質から証明できるんだ!

黄金比\phiの性質 1:\phi=\phi:(\phi+1) から、次の式が成り立つ。
1+\phi=\phi^2

両辺に\phiを順番にかけていけば、次々とこんな式を作り出せる。
1+\phi=\phi^2\\
\phi+\phi^2=\phi^3\\
\phi^2+\phi^3=\phi^4\\
\phi^3+\phi^4=\phi^5\\
\ \ \vdots\\
\phi^7+\phi^8=\phi^9\\
\ \ \vdots

図の五芒星は辺の長さの比がそれぞれ黄金比\phiになってるから、こんな風に並べられるのか。なるほど……。
「面白いなあ。これ使って、あの問題解けないかな」

私がつぶやくと、フタバがそれを聞きとがめた。
「あの問題って?」

私はナツの疑問を思い出しながら説明する。
まず、フィボナッチ数に黄金比\phiをかけた数と、それを四捨五入した数の表を作る。

元の数 ×\phi 四捨五入した数
1 1.618 2
2 3.236 3
3 4.854 5
5 8.090 8
8 12.944 13
13 21.034 21
21 33.979 34
34 55.013 55
55 88.992 89
89 144.005 144
144 232.997 233
233 377.002 377
377 609.999 610
610 987.001 987
987 1597.000 1597
1597 2584.000 2584
2584 4181.000 4181

で、ナツの疑問はこう。

宿題4-1
フィボナッチ数に黄金比\phiをかけて四捨五入すると、どうして次のフィボナッチ数になるのかな?
宿題4-2
フィボナッチ数がおおきくなるにつれて、計算結果がどんどん整数に近づいていくのはどうしてかな?

フタバの目が輝いた。
「おもしろそうだね!いっしょに考えてみようよ」

それから二人でこの問題を考えてみた。
私は式を色々変形してみるが、なかなかうまくいかない。

フタバは大小さまざまな五芒星を並べている。遊んでるようにしか見えない……。
と、視線に気づいたようにこちらに振り向いて

「あ、なんか面白いの見つけたよー」
「どうしたの?」

手元をのぞき込むと、何やら五芒星が規則的にならんでいる。
ん?本当に規則的なのかなこれ?規則がありそうな、なさそうな。

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「どうやって作ったの?」
「さっきの式だよー。今度はこういう風に解釈してみたの」

\phi^7=\phi^6+\phi^5\\
\phi^6=\phi^5+\phi^4\\
\phi^5=\phi^4+\phi^3\\
\phi^4=\phi^3+\phi^2\\
\phi^3=\phi^2+\phi\\
\phi^2=\phi+1

「わかんないかなー。こうすればわかるかなー」

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「あっ」
なるほど、さっきの式と五芒星の辺の長さが対応している!

そのとき、フタバの目がキラッと光ったように見えた。
「およ?これフィボナッチ数だ」
そう言ったかと思うと五芒星の横に数字を書いていく。

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なんと、またフィボナッチ数がでてきたですと?
これは使えそうな気がする。

さっきの図をもう一度見てみよう。

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一番下の列。
五芒星が21個並んでる。21はフィボナッチ数。よくみれば、二種類の五芒星があって、あわせて21個だ。

辺の長さ\phiの五芒星が13個と、辺の長さ1の五芒星が8個。
13も8もフィボナッチ数だよね。

一番上の五芒星の辺の長さは\phi^7

どの列も横の長さが同じだから……。

\phi^7=13\phi+8

になってる。
いや、それだけじゃない、同じようにこの図を見れば

\phi^7=13\phi+8\\
\phi^6=8\phi+5\\
\phi^5=5\phi+3\\
\phi^4=3\phi+2\\
\phi^3=2\phi+1\\
\phi^2=\phi+1

も成り立ってる!
この関係を使って……

「!!!!!」
ひらめいたことがあった。

「んー、これをこうすれば……」
上下に並ぶ式から\phiを消去していくと

\phi^3-2\phi^2=(2\phi+1)-2(\phi+1)=-1\\
2\phi^4-3\phi^3=2(3\phi+2)-3(2\phi+1)=1\\
3\phi^5-5\phi^4=3(5\phi+3)-5(3\phi+2)=-1\\
5\phi^6-8\phi^5=5(8\phi+5)-8(5\phi+3)=1\\
8\phi^7-13\phi^6=8(13\phi+8)-13(8\phi+5)=-1

1と-1が交互に並んでる!
さらに規則性をわかりやすくするため、最初に1\phi^2-1\phi=1を付け加えて、こんな風に書き直してみよう。

1\phi^2-1\phi=1\\
1\phi^3-2\phi^2=-1\\
2\phi^4-3\phi^3=1\\
3\phi^5-5\phi^4=-1\\
5\phi^6-8\phi^5=1\\
8\phi^7-13\phi^6=-1

フタバに見せる。
「ふうん、係数がフィボナッチ数で、どんどん大きくなってるけど、差は±1なんだねー」

うんうんとうなずいている。
「で、この式をどうすんの?」

最初は自分でもどっちに向かってるのかよくわかってなかったけど、手を動かしているうちに進むべき方向がはっきり見えてきた。闇雲にもがいて進めることだってあるんだ。
計算を進めながら答える。

「割り算」

それぞれの式を、\phi,\phi^2,\phi^3,\cdotsで割っていくと次のようになる。
1\phi-1=\frac{1}{\phi}\\
1\phi-2=-\frac{1}{\phi^2}\\
2\phi-3=\frac{1}{\phi^3}\\
3\phi-5=-\frac{1}{\phi^4}\\
5\phi-8=\frac{1}{\phi^5}\\
8\phi-13=-\frac{1}{\phi^6}

プラスとマイナスが交互になっている部分は公比がマイナスの等比数列と考えれば一つにまとめられるから、さらに変形して

1\phi=1-(-\frac{1}{\phi})^1\\
1\phi=2-(-\frac{1}{\phi})^2\\
2\phi=3-(-\frac{1}{\phi})^3\\
3\phi=5-(-\frac{1}{\phi})^4\\
5\phi=8-(-\frac{1}{\phi})^5\\
8\phi=13-(-\frac{1}{\phi})^6

よしっ

横で見ていたフタバが両手で口を押えた。それから電卓でなにやら計算して確かめると、
「リリナ凄い!そういうことね!分数の部分は公比が-\frac{1}{\phi}\fallingdotseq-0.618等比数列になってて、これは-1と0の間だから、先へ進むと、プラスとマイナスを交互に繰り返しながらどんどんゼロに近づいていくんだ!」

「そういうこと。あとは、どんどん数を大きくしてもこの関係がずっと続くのかどうか確かめれば」
「ここまで続いてるんだから、ずっと続くんじゃないのー?」

私は首を横に振る。確かめないと気がすまない。

数学的帰納法を使えばすぐに証明できそうだ。
証明したい事を数式に変換する。

☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★
《証明したいこと》
F_{n}\phi=F_{n+1}-(-\frac{1}{\phi})^n ……①
ただしF_{n}フィボナッチ数列の第n項、\phi黄金比

《証明》
(1) まず、n=1,2のとき①が成り立つことを示す。

黄金比の性質から
\phi^2=\phi+1……②

②の両辺を\phiで割ると
\phi=1+\frac{1}{\phi}……③

変形して
1\phi=1-(-\frac{1}{\phi})^1
F_{1}\phi=F_{2}-(-\frac{1}{\phi})^1
よってn=1のとき①が成り立つ

次に、②の両辺を\phi^2で割ると
1=\frac{1}{\phi}+\frac{1}{\phi^2}……④

③-④を計算すると
\phi-1=(1+\frac{1}{\phi})-(\frac{1}{\phi}+\frac{1}{\phi^2})

(証明したい式を意識して変形していけば……)
\phi-1=1+\frac{1}{\phi}-\frac{1}{\phi}-\frac{1}{\phi^2}
\phi=2-\frac{1}{\phi^2}
1\phi=2-(-\frac{1}{\phi})^2
F_{2}\phi=F_{3}-(-\frac{1}{\phi})^2
よってn=2のときも①が成り立つ

(2)次に、 n=k,k+1のときに①が成り立っているならばn=k+2のときも①が成り立つ事を示す。
仮定より
F_{k}\phi=F_{k+1}-(-\frac{1}{\phi})^k
F_{k+1}\phi=F_{k+2}-(-\frac{1}{\phi})^{k+1}

この二式の両辺をそれぞれ足すと
(F_{k}+F_{k+1})\phi=(F_{k+1}+F_{k+2})-((-\frac{1}{\phi})^k+(-\frac{1}{\phi})^{k+1})

ここでフィボナッチ数の漸化式から
F_{k}+F_{k+1}=F_{k+2}\\
F_{k+1}+F_{k+2}=F_{k+3}
を使うと

F_{k+2}\phi=F_{k+3}-((-\frac{1}{\phi})^k+(-\frac{1}{\phi})^{k+1})

(ゴールの数式を意識してさらに変形していけば……)

F_{k+2}\phi=F_{k+3}-(\phi^2(-\frac{1}{\phi})^{k+2}+(-\phi)(-\frac{1}{\phi})^{k+2})\\
F_{k+2}\phi=F_{k+3}-(\phi^2-\phi)(-\frac{1}{\phi})^{k+2}

ここで\phi^2-\phi=1を使えば

F_{k+2}\phi=F_{k+3}-(-\frac{1}{\phi})^{k+2}

よってn=k+2のときも①が成り立つ

(1)、(2)より任意の自然数nについて
F_{n}\phi=F_{n+1}-(-\frac{1}{\phi})^n
が成り立つ
ことが示された。(証明終わり)
☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★

「よしっ」
「おお〜」

あらためてナツの作った表に列を追加して、疑問と答えをまとめると

n 元の数F_{n} ×\phi 四捨五入した数 差の絶対値 \frac{1}{\phi^n}
2 1 1.618 2 0.382 0.382
3 2 3.236 3 0.236 0.236
4 3 4.854 5 0.146 0.146
5 5 8.090 8 0.090 0.090
6 8 12.944 13 0.056 0.056
7 13 21.034 21 0.034 0.034
8 21 33.979 34 0.021 0.021
9 34 55.013 55 0.013 0.013
10 55 88.992 89 0.008 0.008
11 89 144.005 144 0.005 0.005
12 144 232.997 233 0.003 0.003
13 233 377.002 377 0.002 0.002
14 377 609.999 610 0.001 0.001
15 610 987.001 987 0.001 0.001
16 987 1597.000 1597 0.000 0.000
17 1597 2584.000 2584 0.000 0.000
18 2584 4181.000 4181 0.000 0.000

(小数点以下4位で四捨五入)

宿題4-1
フィボナッチ数に黄金比\phiをかけて四捨五入すると、どうして次のフィボナッチ数になるのかな?
こたえ
n番目のフィボナッチ数に黄金比\phiをかけると、「(n+1)番目のフィボナッチ数-(-\frac{1}{\phi})^n」になる。
n≧2のとき-0.5\lt(-\frac{1}{\phi})^n\lt0.5だから、分数部分は四捨五入すると消える。
(フィボナッチ数列に1は2回でてくるが、「1」をF_2の1と考えれば法則が成立している)
宿題4-2
フィボナッチ数がおおきくなるにつれて、計算結果がどんどん整数に近づいていくのはどうしてかな?
こたえ
nが大きくなるにつれて、F_{n}\phiF_{n+1}の差の絶対値(\frac{1}{\phi})^nがどんどんゼロに近づいていくから。

清々しい気持ちがこみあげてくる。
難しい問題ほど、解けたときは気持ちがいいなあ。

ふとみると、フタバが、さっきの図にさらに五芒星を追加している。
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「ふっふっふ。法則性を見つけたぞー。どの列も、大小の星の並びを同じにすれば、いくらでも伸ばすことができるぞー」
「大小の星の並び?」

「ほら、大小大大小大小大大小大大小……」

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お、おお!
これはまた美しいタイリングができてる!フタバすごい!

☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★☆★☆☆★☆☆★

その後もしばらく二人で色々な並べ方を試したりしてるうちに暗くなってきたので、私は挨拶をして帰ることにした。
ナツの疑問の答えがこんなところで見つかるとは思わなかったな。

などと思いながら自宅のドアを開けると、奥の部屋からタタタッと軽快な足取りが聞こえてくる。
ナツかな?何を急いでるのかな?

「リリ姉ぇ~」

正直にいって、油断していた。ちょうど今日発見したことをナツに教えてあげようなどと思っていたのに。
それなのに、いや、だからこそ、ナツの言葉に私は度肝を抜かれる。

「昨日の問題ね、あたしなんとなく理由がわかった気がする!

「えっ」

……絶句してしまった。
ナツ一人で自力であの式にたどり着いたというの?

ナツはそんな私の狼狽など気にする風もない。
単にビックリしてるだけと思っているんだろう。

「あのね、黄金比って数字にすると


\begin{array}{ccll}
\phi & = & \large{ \frac{1+\sqrt{5}}{2} } \\
 & \fallingdotseq & 1.61803398874\cdots\\
\end{array}

になるでしょ。フィボナッチの数列の隣どおしの数の比が黄金比に近づいていくってことはさ」

ナツは少し顔を寄せて声も落とす。

「公比が\frac{1+\sqrt{5}}{2}等比数列で近似できるってことじゃん」

私は混乱する。それがどうしたというのだろう。

「それはそうだと思うけど……」

ナツはハッと目を見開いて私をにらむ。

「あっ今、ちょっとバカにしたでしょ!もちろんこれだけじゃないよ!。まあこれを見てよ」

そういうと、愛用のノートPCを開いて見せる。表計算ソフトに数字が並んでいる。

「あのね、等比数列で近似してみようと思ったんだけど、初項を何にしたらいいのかわからないから、とりあえず初項1、公比\frac{1+\sqrt{5}}{2}等比数列を作って、フィボナッチの数列と並べてみようと思ったの。

項(n) F_{n} \left(\frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^n
1 1 1.618
2 1 2.618
3 2 4.236
4 3 6.854
5 5 11.090

「二列目の「F_{n}」はフィボナッチの数列だよ。三列目が黄金比等比数列。で、とりあえずこの二列目と三列目の割合を計算したらどうなるのかな?ってやってみたらこうなったんだけど……」

項(n) F_{n} \left(\frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^n \left(\frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^n / F_{n}
1 1 1.618 1.61803
2 1 2.618 2.61803
3 2 4.236 2.11803
4 3 6.854 2.28470
5 5 11.090 2.21803
6 8 17.944 2.24303
7 13 29.034 2.23342
8 21 46.979 2.23708
9 34 76.013 2.23568
10 55 122.992 2.23622
11 89 199.005 2.23601
12 144 321.997 2.23609
13 233 521.002 2.23606
14 377 842.999 2.23607
15 610 1364.001 2.23607
16 987 2207.000 2.23607
17 1597 3571.000 2.23607
18 2584 5778.000 2.23607

ナツが何か言いたそうに私の顔をのぞきこんでくる。
ナツが何に気が付いたのか考えつつ答える。
「四列目の数値が約2.23607に収束しているね。ということは、初項が約2.23607、公比\phi等比数列がフィボナッチの数列の近似になりそうね」

「うん、それとさ、三列目の数値が……」

私も気づく。また……これ。
「途中から小数点以下がゼロになってるね。どんどん整数に近づいているんだ」

「そうなんだよ~。これも最後のケタは四捨五入だから、完全にゼロにはなってないんだけどね。そんでさ」

ナツは眉を寄せて肩をすくめ、なんとなく『申し訳なさそうな人のポーズ』をする。
「あたしが見つけたのはここまで。でも、なんか、この謎をとければ昨日の問題がスカっと解けそうな気がするんだよ!」

「ええ……なにそれ」

さっき「なんとなく理由がわかったような気がする」と言っていたのはなんだったのか。
本当に「気がした」だけだったのかこいつめ……。
驚いて損した。

ナツは、右手をグーにして自分の頭をコツンと叩いて見せる。
「おねえさまなら、どうしてこうなるのか、わかるんじゃないかと思うの。教えてくださいおねえさま!」

「無茶ぶりにもほどがあるよ」
私は冷たく言い放つ。

とはいえ……。

宿題5-1
黄金比\phiの累乗が大きくなるにつれて、計算結果がどんどん整数に近づいていくのはどうしてかな?
宿題5-2
フィボナッチ数列黄金比\phiの累乗の比の収束値、約2.23607の正体は何かな?

・oO〇 第4話 〇Oo・  台風と等比数列

\displaystyle

窓を不規則なリズムで大量の雨粒が叩きつけている。
今年一番強い台風が来ているという。

今日は夏期講習に行くはずだったけど、台風で休みになった。

昼食後、リビングで妹のナツと二人。
昔は台風がくるとナツが怯えていたのを思い出す。

ナツがあんまり怖がるから、私は平気という顔をしてみせていたけど、私にも怖いという気持ちはあった。

あれは、ナツが保育園に通っていたころだったから、もうずいぶん前だ。
今のナツはどうしてるかと思えば……。

ナツは自分のノートPCでまた自作のゲームを作っている。
台風のことなど意識にないようだ。
まあ、高校生にもなって台風怖いはないだろうが。

なぜ、小さい頃は台風があんなに怖かったのだろう。
台風の正体を知らなかったから、だろうか。

今は、台風は巨大な低気圧であることを知っている。
テレビで、その進路が数日先まで予測されていることも知っている。
大雨警報は出ていても、避難勧告がでているわけではなく、家の中にいれば安全であることを経験で知っている。

でも、本当に「知っている」といえるだろうか。
たとえば、台風の進路。現代の科学技術をもってしても、それほど正確に予測できない。

昔よりは正確になっていると思うけど。
どのくらい正確になったのかな?

ちょうどいいところにナツがいる。
使わない手はない。

「ねえ、ナツ、ちょっと調べてみてほしいことがあるんだけど」
「ほよ?何かな?」

私は台風の進路の予想がどのくらい正確になったのかを調べてほしいことを伝える。
ナツはこういうとき、絶対にイヤな顔はしない。カワイイやつめ。

「うーん、これなんかどうかな?気象庁のデータだって」
『台風進路予報(中心位置の予報)の年平均誤差の推移』*1
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二人でノートPCのディスプレイをのぞき込む。
まず気が付いたのは、2008年までは3日先までしか予報していなかったということ。

4日先・5日先の予報を出すようになったのは2009年以後。
思ったよりも最近のことだ。

次に気が付いたのは、4日先、5日先の予報の誤差が大きいこと。
予報をはじめた最初の年、2009年の、5日後の予報の誤差は528kmもある。

東京と大阪の距離くらいかな?

それから、一番気になっていた予報の精度は……。

「だんだん誤差が小さくなっているみたいだね」
ナツがつぶやく。

やはり、コンピュータの性能があがったり、予測するアルゴリズムが改良されたりした結果、予報の精度があがったのだろう。
増えたり減ったりはしているものの、グラフは右肩下がりになっている。

つまり、予報の精度は徐々によくなっているということ。
5日後の予報の誤差は少しずつ小さくなって、2017年の誤差は420kmまで上がっている。

528kmから420kmか。約2割精度がよくなっている。
1日後の予報の方はもっとわかりやすく精度があがっているね。

「そうね。5日後の予報はまだまだ誤差大きいけど、1日後の予報の誤差は昔よりだいぶ小さくなっているね。これって等比数列で近似できそう」
私の言葉を聞いてナツが振り返る。

「ん?等比数列ってこの前習ったところだね。たしか、前の項に同じ比をかけ続けて次の項をつくっていくことができる数列のことだっけ」
あれ、不安そうな顔をしている。

ナツのために等比数列の説明をする。
「それでいいよ。最初の項を『初項』といって、かけ続ける比のことは『公比』というよ」

初項をa、公比をrとすると、等比数列\{A_n\}の一般項は
A_n=ar^n
であらわすことができる。

たとえば
初項1、公比2の等比数列
1,2,4,8,16,\cdots
となり、

初項1、公比\frac{1}{2}等比数列
1,\frac{1}{2},\frac{1}{4},\frac{1}{8},\frac{1}{16},\cdots
となる。

念のために「等差数列」の方も復習しておこうかな。

等差数列は前の項に同じ数を足し続けてつくる数列で、足し続ける数のことを「公差」という。

初項をa、公差をdとすると、等差数列\{B_n\}の一般項は
B_n=a+(n-1)d
であらわすことができる

たとえば、初項1、公差2の等差数列は
1,3,5,7,9,\cdots
となり、

初項1、公差-2の等差数列は
1,-1,-3,-5,-7,\cdots
となる。

「んー。OKOK。カンペキに思い出したよ。それでね、さっきリリ姉ぇが『等比数列で近似できそう』って言ってたよね?あれ、等差数列の間違いじゃなくて本当に等比数列って言ったの?このグラフはまっすぐ下がっているみたいにみえるけど?」

ナツの言葉の意味を考える。
「あー、……。等差数列をグラフにすると直線になって、等比数列をグラフにすると曲線になるから、てこと?」
「そーそー」
「うん、確かに曲線ぽくみえないけど、これ直線にしちゃったら、あと20年くらいで誤差ゼロになっちゃうよ」

「あっそっか!」
ナツが自分の頭をグーにした右手でコツンとたたいてみせる。

「誤差がゼロになったら、台風の進路をカンペキに予想できるってことになっちゃうね。それに、そのあとは誤差がマイナスになっちゃう。マイナスの誤差ってなんだろうね、あはは」
本当に楽しそうに笑ってこっちを見る。

「なんとなく、等比数列のグラフって、どんどん上に上がっていくイメージだったから」
「確かに、公比が1より大きい等比数列はどんどん増えて無限に発散するけど、公比が0より大きくて1より小さい等比数列は0に収束するから、グラフはだんだん水平に近づいていくはずだよ」

ナツはなにやら考えている。
「んーリリ姉ぇのいうことなんとなくわかるけど……ちょっと確かめさせて?」

そういうと表計算ソフトでなにやら作業をはじめた。
等比数列と等差数列でグラフを近似しようとしているらしい。

しばらく無言で作業をしていたが、ふりかえってニコっと笑う。
「できたよ」
f:id:mouse-ex:20180825195847p:plain

「1982年を初項、2017年を最終項として、等差数列と等比数列のグラフを作って重ねてみたんだよ」
*2

「たしかに等差数列で近似したら、このままだと2040年あたりで誤差がマイナスに突入しちゃうけどさあ」
ナツが何か言いたげな視線を送ってくる。

「みてよリリ姉ぇ、2017年までなら等差数列の方が実際の値に近いよ。等比数列よりも。等差数列の方が。近いよ!」

同じことを二度言った上に、フフンと鼻息を荒くしている。ムカつくやつめ。

うーむ。
確かに、2017年までのグラフでは、等比数列は実際の値より下の方に描かれているようにみえる。

1年ごとの振れ幅が大きいし、1982年よりも1984年の方が誤差が大きいから、初項を1984年にすればもっと等比数列に近づくような気もするけど……。
ここは年上の余裕で負けを認めることにする。

「確かにね。同じペースで精度があがっていたら等比数列で近似できるはずなんだけどなあ。昔よりも最近のほうが、予報の精度のあがりかたが早いのかもね」

30年後に同じことをやれば、今度こそ等比数列の方に近づくと思うけれど、今はただの「仮説」にすぎない。
証拠のない仮説を主張しても、説得力はないのだから。

ナツは満足した様子でノートPCの画面を切り替えて、またなにやらゲームを作り始めた。
その後頭部をみているうちに、なぜか私は心にひっかかるものを感じていた。

等比数列といえば、前の項に同じ比、すなわち「公比」をかけ続けてつくることができる数列だ。
前の項に公比をかけ続けて作る数列。

この前、シンイチがそういう数列に関係しそうなことをなにか言ってなかったっけ。たしか……。

f:id:mouse-ex:20180915133637j:plain

宿題3
「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる」が本当かどうか確かめてみましょう

「……思い出した!」
思いがけず大きい声が出てしまった。

ナツがきょとんとした顔でこっちをみている。
「ねえナツ、もう一つ調べてみてほしいことがあるんだけど」

「別にいいけど、なにかな?」
ナツはなんでも快く引き受けてくれる。愛いやつめ。

「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできるかどうか」

「はうん?また唐突ですな?」
小首をかしげている。

「フィボナッチの数列ってあの、1,1,2,3,5,8,……って続く数列のこと?」
「そうそう」

黄金比って、美術の授業で先生が教えてくれたやつ?」
「それはちょっとわかんないけど、たぶんそうね」

「ちょっと整理させて」

ナツのために順番に説明する。
フィボナッチの数列って、こんな感じに増えていく数列だよ。


1,1,2,3,5,8,13,\cdots \\
\  \\
1+1=2\\
1+2=3\\
2+3=5\\
3+5=8\\
5+8=13\\
\ \ \ \ \ \vdots\\
F_{n+2}=F_{n+1}+F_{n}


直前の二つの数字の和を最後に付け加えていくことで作られる数列。


それから、黄金比の説明は……。

なんかの雑誌でみたときは、「\phi」(ファイ)の記号を使ってたっけ……

私はノートに黄金比を説明する図を描く。

f:id:mouse-ex:20180707191036p:plain:w300

長方形の辺の比を黄金比にして、こんな感じで正方形を除いて残る小さい長方形が、もとの長方形と同じ形……相似になるヤツ。


まだわかりにくいかな。

そうだ、確かマンガで……黄金比の正方形をつないでらせんを作ってるのがあったはず。

こんな感じで

f:id:mouse-ex:20180707191124g:plain:w300

ナツの目が輝く。
「あ、それ!思い出した、黄金の螺旋」

よしよし。
それから、具体的な数字は、相似比を使えば、ちゃんと計算で求められるはず。

ノートに計算式を書いていく。

小さい長方形の辺の比が

\phi:1


大きい長方形の辺の比が

(\phi+1):\phi

比が同じになるから

\phi\times\phi= 1\times (\phi+1)

つまり

\phi^2= \phi+1

\phixにおきかえて二次方程式x^2=x+1として解くと、解は2つになる。解の片方はプラスでもう片方はマイナス。プラスになる方の解が黄金比\phiだ。

計算すると

\phi = \frac{1+\sqrt{5}}{2}

よしっ

「ふうん?数値計算はPCでやろうか?『=(1+SQRT(5))/2』っと」
ナツがなにやら呪文を唱えると、ディスプレイに数値があらわれる。

1.61803398874989

これが黄金比を数値であらわした場合の数字。


\begin{array}{ccll}
\phi & = & \large{ \frac{1+\sqrt{5}}{2} } \\
 & \fallingdotseq & 1.61803398874\cdots\\
\end{array}

黄金比は約1.618だね。んじゃ、フィボナッチ数にかけて、それから四捨五入した数字を表にしていくよ~」

なにやら作業をはじめる。
関数を使って数列を計算しているようだ。

元の数 ×\phi 四捨五入した数
1 1.618 2
2 3.236 3
3 4.854 5
5 8.090 8
8 12.944 13
13 21.034 21
21 33.979 34
34 55.013 55
55 88.992 89
89 144.005 144
144 232.997 233
233 377.002 377
377 609.999 610
610 987.001 987
987 1597.000 1597
1597 2584.000 2584
2584 4181.000 4181


「できたよ!」
*3

宿題3
「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる」が本当かどうか確かめてみましょう
こたえ
本当。前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる。(厳密にいうと、フィボナッチ数列の第2項目から法則が成り立つ。)
1,2,3,5,8,...


「え?あれ、これなんかすごくない?」
ナツの目がいつになくキラキラしている。
「ほら!リリ姉ぇも気づいた?」
おもちゃを見つけた子犬みたいな顔でのぞき込んでくる。

しっぽがあればブンブン振っていたに違いない。
「いや、だからフィボナッチ数になってるっていうんでしょ?確かにすごいけど……いや……あれ?これは……」

背筋がゾクッとした。
久しぶりに感じたこの感覚。
どうしてこんなことが?

「小数点以下が……途中からゼロになってる……」

「そうだよ!まあ、最後のけたは四捨五入してるから、本当は完全にゼロにはならないんだけどね。これ、掛ける数はルートつきの無理数なのに、だんだん整数に近づいてるんだよ!不思議だよね!?」

ナツは、パチンと両手をあわせて頭をペコリとさげる。
「どうしてこうなるのか、教えてくださいおねえさま!」
声色つかってる……キモいやつめ。

「そんなこと、私にもわからないよ」
私は冷たく突き放す。

「うん、でも……」
何か言いたそうに合わせた手をもみあわせている。

受験生は忙しい。
そんなこと考えている場合じゃないの。

とはいえ、確かに、……


宿題4-1
 フィボナッチ数に黄金比\phiをかけて四捨五入すると、どうして次のフィボナッチ数になるのかな?

(解答は次回)


宿題4-2
 フィボナッチ数が大きくなるにつれて、計算結果がどんどん整数に近づいていくのはどうしてかな?

(解答は次回)

【つづく】

*1:気象庁のデータ https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typ_kensho/typ_hyoka_top.html

*2:excelの場合、「=POWER(最終項の値/初項の値,1/(項の数-1) )」で公比を計算できます

*3:excelの場合、「=ROUND(四捨五入したい数,0)」で四捨五入した数を計算できます

・oO〇 第3話 〇Oo・  切り捨てる数式、四捨五入する数式

\displaystyle

「ふうん。でもそれって」

それがアイツの最初の反応だった。
まあ、予想どおりではあるけれど。

シンイチ。「筆記テストなら」クラスで一番。ただし、いつも一言多くてみんなに煙たがられている。
私も別に親しくはないのだけれど、たまたま塾が一緒で、たまたま私のノートに書いてあった指カレンダーについてのメモを見られてしまった。

なりゆきでシンイチに指カレンダーについて説明する。

「ふうん。でもそれって、月ごとの曜日の位置を覚えなきゃいけないんだね。リリナ君は知らないかもしれないけど、月ごとの数字を覚えなくても曜日を計算できる式があるよ。」

はああ。私は深いため息をつく。
なぜシンイチはいつも否定から入ってくるのだろう。例えば「へえ、それは知らなかった、すごいね!そういえば、こんな式もあるよ」と変えるだけでも印象はだいぶ変わるんだけど。

シンイチは「えーと、確か……」とつぶやきながらノートに数式を書き込んでいく。

\left[\left\{ d + \lfloor \frac{26(m+1)}{10}\rfloor + Y +  \lfloor \frac{Y}{4}\rfloor + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1

「こんな感じだったと思う。Yは年の下二桁、mは月、dは日。この
\lfloor \ \ \  \rfloor
というちょっと変わったカッコは、「このカッコの中の数字を切り捨てる」という計算をするんだ*1。それから、1月と2月だけは、前の年の13月と14月として計算する必要があるよ。\mod 7というのは、7でわった余りを計算するということ。で、計算結果と曜日の対応関係は・・・」

数字 1 2 3 4 5 6 7
曜日

「こうだよ。リリナ君が信じられないなら、試してみてもいいよ」

信じられないので、試しにやってみる。たとえば、この前ナツと指カレンダーで計算した2018年7月13日。
13日の金曜日になるはず。

Y=18、m=7、d=13を式に代入する。

\left[\left\{13 + \lfloor \frac{26(7+1)}{10}\rfloor + 18 +  \lfloor \frac{18}{4}\rfloor + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1
=\left[\left\{13 + \lfloor 20.8 \rfloor + 18 +  \lfloor 4.5 \rfloor + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1
=\left[\left\{13 +20 + 18 +  4 + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1
=\left[60 \mod 7 \right] + 1
=4 + 1
=5

5。金曜日。あってる。2018年の7月は13日が金曜日になる。

「うーん」

私はじっとシンイチの書いた式を見つめる。
どういう仕組みで計算しているのだろう。

2月を除けば、一ヶ月は30日か、31日だ。
7で割れば2か3あまる。

だから曜日は一ヶ月で2日か3日進む。
式の中で、月(m)に \frac{26}{10}を掛けているところがある。

ひと月ごとに2.6日ずつ進めて、小数点以下を切り捨てると、ひと月ごとに3日、2日、3日、2日、3日、3日、2日、……というふうに、ちょうど上手いこと曜日が進んでいくのか。

でも、2月は28日か29日なので、このやり方ではうまくいかない。
そこで、1月と2月は前の年の13月と14月として計算することでうまくいくんだ。

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「ふぅん。よく出来てるね」

なんとなく仕組みはわかったけど、何か違和感が残る。
もう一度シンイチの書いた式をグッと見つめる。

シンイチは何か勘違いしているらしく得意そうな顔をしているが、私はこの式に感じる違和感を突き止めたい。

「やっぱり、この式で曜日が計算できるのって納得いかない感じがする」

「ふーん、リリナ君が信じられないなら、ほかの日付で確認してみなよ」

私はシンイチの言葉を華麗にスルーしながら考える。

違和感の原因はなんだろう。
曜日の法則を思い出せ。

曜日は1年に1日ずれる。うるう年があるから、4年で5日。100年ごとにうるう年でなくなり、400年ごとにやっぱりうるう年に戻る。
そして曜日は400年ごとにくりかえす。100年ごとには繰り返さなかったはず。

シンイチの式では、100年ごとに同じ曜日になってしまう。ということは、

「やっぱりおかしいよこの式。2018年前後では正しく計算できてるけど、でも……うーん」

「なんだよ」
シンイチが口をとがらせる。

「これじゃ100年ごとに曜日がくりかえしちゃうよ。2000年1月1日から2099年12月31日まではきっと正しいけど、そのほかではズレると思う」

シンイチは一瞬「しまった」という顔をしたが、すぐになんでもないような表情に戻る。そしてすました顔でいう。

「あ、そうそう、今のは簡易版なんだよ。正式には、もうちょっと複雑な式があるんだ。Cを西暦の上2ケタとして……」

\left[\left\{ d + \lfloor \frac{26(m+1)}{10}\rfloor + Y +  \lfloor \frac{Y}{4}\rfloor  + 5C +  \lfloor \frac{C}{4}\rfloor + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1

「Cが20のときは、ちょうどCについての式の計算結果がゼロになるから、計算しなくてもいいんだよ!いやあ、そこに気がつくとはリリナ君もなかなかやるね」
「……」

本当かな。確かめてみよう。
前の式との違いは、

 5C +  \lfloor \frac{C}{4}\rfloor

の部分だ。

Cが20のときは

 5C +  \lfloor \frac{C}{4}\rfloor
= 5 \cdot 20 +  \lfloor \frac{20}{4}\rfloor
= 100 +  \lfloor 5 \rfloor
=105

105は7で割り切れる。
C=20のときは確かに計算結果に影響はないな。
ふーむ。

不安そうに私の手元を見ていたシンイチの表情が緩んだように見えた。
コイツ、絶対忘れてただろう。問い詰めても答えないだろうから、ツッコミはいれてやらない。
そのかわり、ジトっとにらみつける。

シンイチは目をそらす。
「こ、こんどこそ間違いないよ。これが、曜日を計算できる数式だよ!」

f:id:mouse-ex:20180818185658j:plain

宿題2-2
曜日を数式で計算する他の方法をしらべてみましょう。
こたえ のひとつ*2
\left[\left\{ d + \lfloor \frac{26(m+1)}{10}\rfloor + Y +  \lfloor \frac{Y}{4}\rfloor  + 5C +  \lfloor \frac{C}{4}\rfloor + 5 \right\} \mod 7 \right] + 1

ただし、年を100で割った商がC、余りがY、月がm、日がd。
1月と2月は、前の年の13月と14月として計算する。
計算結果と曜日は、1〜7がそれぞれ月曜日〜日曜日に対応している。

シンイチの狼狽しているところなんてめったに見られない。
今日は珍しいものをみた。

あらためて式をみる。

「でも、まあ、この式は面白いな。数式の途中に切り捨てがあるなんて」

「数式の中に切り捨てがあるのがそんなに珍しいかなあ、リリナ君」

シンイチがまたいつもの調子に戻ってしまった。

「切り捨てだけじゃなくてね」

「?」

「四捨五入を使う数式もあるよ」

んん?今、話が飛躍したよね。四捨五入?

「どういう意味?」

黄金比ってあるよね。約1.618。正確には、\frac{1+\sqrt{5}}{2}。で、

『フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる』

んだ」

「……え?」

不意を突かれて私は間の抜けた声を出してしまう。

「フィボナッチの数列ってあの、1,1,2,3,5,8,13,21,……って続く数列のこと?5+8=13、8+13=21……という風に、最後の二つの数字を順々に足し算して作る……」」

「そうだよ。フィボナッチの数列は、最後の二つの数字を見なくても、最後の数字さえわかれば、最後の数字に黄金比をかけて四捨五入する方法で順々につくることもできるんだよ。これはさすがに君も知らなかったみたいだね」

シンイチがニヤニヤしている。
その顔を見た瞬間、私の右手のシャーペンがミシシッと軋んだ音を立て、周囲の注目を引いてしまった。

「あれ、このシャーペンいつのまに壊れてるのかな。フシギだなぁ」
などと独り言を言っていると、塾の教室に講師が入ってきた。
その日のシンイチとの会話は、それで終わりになった。

悔しい……という気持ちがないといえばウソになるけれども、私はそのときこう思っていた。
『フィボナッチの数列は、最後の二つの数字を見なくても、最後の数字さえわかれば、最後の数字に黄金比をかけて四捨五入する方法で順々につくることもできる』
そんなこと……本当にあるのかな?

宿題3
「フィボナッチの数列は、前の数字に黄金比をかけて四捨五入して作ることもできる」が本当かどうか確かめてみましょう

(解答は次回)

【つづく】

*1:床関数、ガウス記号などと呼ぶ。負の数の場合は、\lfloor -2.3\rfloor =-3 のように計算するため、「正の数の場合は小数点以下を切り捨てる」と言ったほうが正確です。

*2:ツェラーの公式

・oO〇 第2話 〇Oo・  13日は何曜日?

\displaystyle
【つづき】

宿題1
うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのかな?

ナツの疑問を理解したところで、私も考えることにした。

簡単なところからはじめよう。

一週間は7日。曜日は7日でひとめぐりする。
一年は365日。7で割ったら

365\div7=52\ 余り\ 1

1あまる。だから、曜日は1年で1つ進む。
今年の〇月△日が月曜日なら来年の〇月△日は火曜日。
これは、うるう年を考えない場合。

うるう年のときは1年は366日。7で割ったら

366\div7=52\ 余り\ 2

だから、うるう年のとき、曜日は1年で2つ進む。
……正確に言えば、2月29日を挟むとき、だけど。

うるう年は4年に一度。だから、曜日は4年ごとに1+1+1+2=5……5つ進む。

7と5は互いに素だから、これを繰り返していけば、曜日の出方の偏りはなくなり、すべての曜日が均等に表れる……ように思える。

しかし、まだ考えるべきことがある。
うるう年には、もう少し細かいルールがあったはずだよね。

うるう年のルール
①西暦年が4で割り切れる年はうるう年。
②ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年。
③ただし、西暦年が400で割り切れる年はうるう年。

たとえば、2018年はうるう年じゃない。
2020年はうるう年。
2100年はうるう年じゃない。
2400年はうるう年。

よし。うるう年の法則は確認した。
400年ごとにくりかえしだから、400年で曜日がどれだけ進むか調べよう。

うるう年は400年の間に、……

400 \div 4 - 400 \div 100 + 400 \div 400 = 97

97回だ。
だから、400年の間に曜日が何日ずれるかというと……

400+97=497

497日。497を7で割れば……

497\div7=71\ 余り\ なし

割り切れた!

つまりある年の〇月△日が月曜日ならば、400年後の〇月△日も月曜日ということ。

曜日は400年ごとに繰り返す!

私は予感する。
400年ごとに繰り返すということは、もしかして、曜日は不均等になるんじゃないのかな?

だって、400年の間に13日になる回数が7の倍数になるとは思えない。たぶん。
……たぶん?

下を向いて首を振る私を見てナツが不安そうな表情になった。
勘違いされたかな。

私はただ、自分の性格に改めて気づいてしまっただけ。
そう、たぶんという言葉が私は嫌いなんだと思う。

計算すれば確かめられるんだから、「13日」は400年に何回なのか。

結果の予想はつくけれど、それとこれとは話が別。
確かめなければ、気が済まないのだ。

ゴホン。ともかく……
「13日」は月に一回必ずあるから、

12\times400=4800

400年で4800回。4800を7で割れば

4800\div7=685\ 余り\ 5

割り切れないな。

「よしっ」

つまり、400年の間に7つの曜日は絶対に均等には現れないということ!

ここまできたら、その回数を調べたいけど、流石に手作業ではメンドくさすぎる。
私の計算を見守っていたナツに微笑みかける。

「ねえ、ナツはパソコン得意だよね?」

ナツはウヘェともアゥウともつかない変な声を出す。返事なのかそれは。

「パソコンのカレンダーで、13日になる曜日の回数を数えてよ。そしたら、あなたの疑問が解けるよ」

「なんだ、そんなこと?簡単だよ。それで、どのくらい?」

「ちょうど400年ぶんでいいよ。4800月分の13日の曜日を数えてちょうだい」

「よ……よん……!!」

f:id:mouse-ex:20180714114637j:plain

口をパクパクしている。

30秒くらい壁に向かって斜め上を向き、指先をピクピクさせて放心していたが、突然目の焦点が戻り、バビュンと振り返ってニへッと笑う。

……ちょっとその笑い方、怖いよ。

「曜日の数を数えればいいんでしょ。それだけなら、表計算ソフト使えばすぐできると思うよ」

そして本当にパパッとPCを操作して私にみせて言う。*1

「2001年から2400年の400年分の13日の曜日の内訳だよ」

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さすがナツ。私にはできない芸当だ。
改めてじっくり見てみる。

曜日 回数
日曜日 687回
月曜日 685回
火曜日 685回
水曜日 687回
木曜日 684回
金曜日 688回
土曜日 684回
合計 4800回

ああ……こんなに偏るとは。
最少は684回、最大は688回。4回も違う。

ナツが表を眺めて呟く。
「一番多いの、金曜日だね」

13日が何曜日になるかの確率を考えたとき、金曜日になる確率は\frac{688}{4800}
\frac{1}{7}よりもちょっと多くて、曜日の中では一番高い。

f:id:mouse-ex:20180714195407p:plain

宿題1
うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのかな?
こたえ
\frac{1}{7}よりもちょっと多くなる(\frac{688}{4800} )。7つの曜日の中では金曜日になる確率が一番高い。


ナツが感慨深げに言う。

13日の金曜日って、なんとなく珍しいもんだと思ってたけど、こうしてみると、一番めずらしくない曜日なんだねぇ」

「そうだね。むしろ一番多いんだね」

「ちょっと意外だね」

「うん……」

壁にかかったカレンダーを見る。カレンダーの曜日は毎年変わるけど、今までの考えをまとめると、結構規則的に変わってる気がする。

曜日って計算式で求められないのかな?

そうだ、ちょうどナツがPCを開いたままにしている。

「ねえナツ、ちょっと検索してみて欲しいことがあるんだけど」

「ほよ?なにかな~」

「曜日ってカレンダーみなくても、なにか、こう、こんな感じで、計算してわかるような方法がありそうな気がするの」

指を動かして電卓を動かすマネをする。

「ん?カレンダー?指で?」

ナツが検索サイトにキーワードを打ち込んでいる。『カレンダー』……『指』……

そんなキーワードでいいのかな……。

ナツが振り向く。目が笑っている。

「あったよ!『指カレンダー』」

suzuki-kentaro.hatenablog.com

なんと、指カレンダーですと?!

ていうか、指カレンダーって何?

二人でPCの画面をのぞきこむ。

年月日から、片手の指だけで曜日を計算できるのだという。
思ってたのとちがうけど、これはこれで興味を惹かれる。

ふむふむ。くわしいやり方を読んでいく。

まず、左手の人差し指、中指、薬指の各関節に0~6の数字を対応させる。
f:id:mouse-ex:20180802230212j:plain:w150

0~6の数字は月曜日~日曜日にも対応している。
f:id:mouse-ex:20180802230426j:plain:w150

1月~12月との対応はこう。
f:id:mouse-ex:20180802230516j:plain:w240

月の位置を覚えるのが少し面倒かと思ったけど、1月、2月……と順番に指を押さえてみると、規則性があるから、2~3回やればすぐに覚えられる。
押さえるのは左手の親指でも右手の指でもかまわない。

それから、ルート1、ルート4、ルート5というのはそれぞれ1、4、5の足し算のことだ。

たとえばルート1なら1足した数のところへ移動する。6の次は0だ。

ルート4は4を足すか、足せなければ3を引けばいい。

ルート5は5を足すか、足せなければ2を引けばいい。

うん、だいたいわかった。
これなら簡単にできそうだ。

「試してみようよ!」

ナツの提案に私もうなずく。

まず、押さえる指の位置の確認。

数(曜日) 0(月) 1(火) 2(水)
押さえる指 f:id:mouse-ex:20180731214839j:plain:w120 f:id:mouse-ex:20180731214850j:plain:w120 f:id:mouse-ex:20180731214904j:plain:w120
3(木) 4(金) 5(土) 6(日)
f:id:mouse-ex:20180731214917j:plain:w120 f:id:mouse-ex:20180731214521j:plain:w120 f:id:mouse-ex:20180731214931j:plain:w120 f:id:mouse-ex:20180731213337j:plain:w120

じゃあ、とりあえず2018年7月13日が何曜日か試してみよう。

Step1
最初は月の位置。7月は薬指の先、「6」の位置。薬指の先を押さえる。
f:id:mouse-ex:20180802230516j:plain:w240
f:id:mouse-ex:20180731213337j:plain:w240

Step2
押さえている位置を移動せずに、 1と数える。(……1)

Step3
D(13)を超えない限り、7ずつ足した数を数える。(……1+7=8)
ただし押さえている位置は移動させない。

Step4
D(13)を超えない限り、1ずつ足した数を数える。(……8+5=13)
ただし数を数えるごとに押さえている位置はルート1に従って移動させる。

5つすすむから、押さえる指は4になる。(6→0→1→2→3→4)
f:id:mouse-ex:20180731214521j:plain:w200

Step5
押さえている位置を移動せずに、Y(2018)以下で最大の400で割ると1余る整数を数える。(……2001)

Step6
Y(2018)を超えない限り、 100ずつ足した数を数える。 ただし数を数えるごとに押さえている位置はルート5に従って移動させる。(……2001)

Step7
Y(2018)を超えない限り、20ずつ足した数を数える。ただし数を数えるごとに押さえている位置はルート4に従って移動させる。(……2001)

Step8
Y(2018)を超えない限り、4ずつ足した数を数える。ただし数を数えるごとに押さえている位置はルート5に従って移動させる。(……2001+4+4+4+4=2017)

押さえる指は3になる。(4→2→0→5→3)

f:id:mouse-ex:20180731214917j:plain:w200

Step9
Y(2018)を超えない限り、 1ずつ足した数を数える。ただし数を数えるごとに押さえている位置はルート1に従って移動させる。(……2017+1=2018)

押さえる指は4になる。(3→4)
f:id:mouse-ex:20180731214521j:plain:w200

Step10
Y(2018)年が閏年で、かつ3≤Mの場合は、押さえている位置をルート1に従って1回移動させる。(……あてはまらないので動かない)

これで終わり。

押さえている指の位置は「4」……金曜日だ!あってる!
f:id:mouse-ex:20180731214521j:plain:w200

よしっ

「あはは、すごいねこれ。今度友達に教えてあげよー」

無邪気に喜んでいるナツ。
私はあらためて指カレンダーの動かし方を確認する。

Step5のところ。
「400年ごとに曜日がくりかえす」から、Step5が使えるんだ。
Step6~8も、自分で確かめた曜日の進み方とあわせて考えれば仕組みがわかる!

ああ、なんだか気持ちがいいなあ。

気が付いたらセミはもう鳴いていない。
眠ってしまったのかな。

宿題2-1
あなたの誕生日など、好きな日の曜日を指カレンダーで計算してみましょう。

(この宿題に解答はありません)

宿題2-2
曜日を数式で計算する他の方法をしらべてみましょう。

(この宿題の解答例は次回)

【つづく】

*1:ここでの操作の解説 ①「フィル」→「連続データの作成」で400年分の日付を入力 ②関数「text(セル,"aaaa")」で日付を曜日に変換 ③「挿入」→「ピボットテーブル」でピボットテーブル(集計の表)を作成 ④ピボットテーブルに表示する要素を曜日の個数に設定

・oO〇 第1話 〇Oo・  晴れ女、雨女。

\displaystyle
やりたくもない受験勉強のために机に向かっていたつもりが、いつのまにか夕方になっていた。
色が変わり始めた空に視線を向ける。
突然、外から、セミの合唱が聞こえてくるのに気付いた。私はなんだかおかしな気持ちになる。

「突然、聞こえてくる、か……」
そんなわけないのに。
セミはずっと鳴いていて、私はそれに気が付いていなかっただけ。

そういえば、セミの大音声を「しずかさや……」と詠んだのは、松尾芭蕉だったっけ。
たしか、奥の細道にのってるゴ・シチ・ゴ。
5も7も素数。5+7+5……17も素数
ミソヒトモジ……31も素数
……入試には出ない無駄知識……

「しずかさ」って常識的に考えれば、「音量に反比例するもの」だよね。
こんなにうるさく鳴いているのに「しずかさ」を感じるなんてムジュンしている。

でも、今、私にも、「しずかさ」は感じられる。
さっきまで集中していたから聞こえなかったという意味ではなくて。
耳をつんざくほどに鳴り響くほど、心の中がしずかになっていく感じ。

しずかさにもいろいろあっていいのかな。
世の中のことって、ムジュンしててもいいのかな。
それとも、定義の仕方がおかしいだけで、ムジュンしてると感じてる私の方がおかしいのかな。
ムジュンの定義ってなんだろう。

何が正しくて。何が正しくないのか。

たとえば……。
私はある日の高校の教室での会話を思い出す。
「あたし、晴れ女だから」
クラスメイトの何気ない言葉を聞き逃さなかったのは定期テストでいつも学年一位の男子、シンイチだった。
「晴れ女とか、雨女とか、論理的に考えてありえないよ」

f:id:mouse-ex:20180726212805p:plain

シンイチはいわゆる空気を読めない男子だ。聞かれてもいないのに解説をはじめる。
「たくさんの人に影響する天気がたった一人の人間の存在で左右されるなんて非論理的だよ。
でも、そう考えてしまった理由は心理学用語の『確証バイアス』で説明できる。
たとえば『自分は晴れ女である』という仮説に都合のいい情報だけを重要視し、都合の悪い情報を無意識のうちに無視してしまう。そういう傾向は誰にでもあるからね」
その後もシンイチはカオスがどうとかバタフライ効果がどうだとか言って、それがいかに非科学的な発言なのか指摘し続けた。
こういうのは本人に悪気がないからたちが悪いんだよね。

いうまでもなく、他の女子はドン引きしてたけど、そのとき私はちょっと違うことを考えていた。

「ほんとうに、そうなのかな」

晴れ女が存在することって論理的にありえないことなんだろうか。

たとえば、……入学式や卒業式など重要なイベントが10回あったとする。
その全てのイベントが晴れになる確率は……晴れになる確率を\frac{1}{2}とすれば、……

\left(\frac{1}{2}\right)^{10}=\frac{1}{1024}

確率は、 \frac{1}{1024} 。だったら、1024人に一人は10回連続で晴れるだろう。
10回連続で重要なイベントが晴れになるような人は、「晴れ女」……か、「晴れ男」といってもいいんじゃないのかな。
「10回くらいじゃ少ない」なら20回でもいい。そしたらだいたい百万人に一人だ。
30回ならだいたい10億人に一人。ゼロよりは多いし、地球上の全人類の中には何人かいる計算だ。
このクラスメイトがその10億人に一人じゃないかどうかなんて、あなたにはわからないでしょう。

結局、私はこのとき考えていたことを誰にも言わなかった。空気を読んだわけじゃない。
私にもわからなかったからだ。その子が……晴れ女なのかどうか。
結果的にその時のイベントは晴れだったと思うけど、だからといって何が分かったわけでもない。

「私は、まだなんにも、わかってない」
窓に向かって呟いてみせる。

「女子力が低い」とよく言われる私だって、深窓の令嬢ぽく、静かに物思いにふけるくらいのことはできるのだ。顎に手を当ててそれらしいポーズを工夫していると、

バーン!
突然、私の部屋のドアが開いて、甲高い声が聞こえてくる。
「リリ姉ぇ!」

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入ってきたのは2つ下の妹、ナツだ。ボブをゆるくまとめた明るい栗色の髪。部屋着のパジャマみたいなTシャツを着て、愛用のノートPCを小脇に抱えている。
ナツは私のことをリリ姉ぇとよぶ。

せっかくのアンニュイな気分を妨害されたので、少し気分を害した私は目線を細くしてナツにテレパシーを送る。
う~る~さ~い~

ナツは私の表情に気づくと、
「あれ?リリ姉ぇ、寝てたの?目開いてないよ?」

やっぱり通じなかった。わざわざノートPC持ってきたところをみると、どうせまた「新しいゲーム作ったの!」とかいって、自作のゲームのテストプレイでもさせるつもりで来たのだろう。私はプログラムのことはよくわからないけど、ナツはプログラミングが趣味。今回もそうだと思ったんだけど、

「リリ姉ぇって数学得意だよね。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

予想外の言葉。私はとっさにナツから目をそらす。
確かに昔は数学の試験の点数は良かったし、問題を解くのも楽しかった。でも今は……。

「……別に得意じゃないよ」

「またまた~」

本心だったんだけど、ナツは謙遜ととったみたい。勝手に話をすすめていく。

「今月の13日は金曜日だけどさあ。13日が金曜日になる確率ってどのくらいかなって」

私はちょっと考える。あまりにも簡単すぎる問題に思えるんだけど。

「そりゃ、\frac{1}{7}でしょ?曜日は7種類だから」

「……」

上目遣いで見てくる。私は少し狼狽える。

「な、なによ」

「リリ姉ぇ、ほんとうにそうなのかあ?」

「なにが言いたいの?」

私は首を傾げてナツの目を見つめる。ふざけてるわけではないようだ。

「うるう年がなければ、毎年1日ずつ曜日がずれるから、\frac{1}{7}でいいと思うけど。本当のカレンダーには、うるう年があるんだよ。偏るかもしれないジャン」

「ああ、そういう……」

ようやくナツが言いたいことがわかった。

うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのか?

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そう言われるとなんだか気になってきた。

ほんとうのところ、どうなんだろう?

宿題1
 うるう年も含めた、実際の暦で考えたとき、13日が金曜日になる確率はどのくらいなのかな?

(解答は次回)

(ヒント:\frac{1}{7}ではありません)

【つづく】